HEAVENESE初 のコンサートの地「Haifa」。
旧約聖書に登場する古代イスラエルの預言者エリヤが活躍したカルメル山の麓にある美しい町 HAIFA。
南カリフォルニアのビーチタウンを思い起こさせるようなリゾート地です。
メンバーがステイしているエルサレムから車で2時間ほど北にのぼった海外沿いの街。
一般的に多くの日本人が抱いている砂漠や紛争という中東のイメージが完全に吹き飛ぶ街。
それがHAIFAです。
このHAIFAに、なんと日本文化を紹介する中東唯一のミュージアムがあるのです。
1959年に、日本文化をこよなく愛するオランダ系ユダヤ人フェリクス・ティコテンと、当時のアバ・フシ・ハイファ市長によって設立されました。
日本から遙か遠いイスラエルの地に、しかもイスラエル人のヒーローの一人である預言者エリヤのお膝元に、日本文化を守り伝えていくための美術館が存在しているということにメンバー一同感動をおぼえつつ、現地入りしました。
一日遅れてイスラエル入りした津軽三味線デュオ輝&輝もこの会場から合流し、ついに今回のツアーメンバーが全員集合したHEAVENESE。
一見すると、預言者エリヤが活躍した歴史など、想像できないほど宗教的な雰囲気の感じられない美しいリゾート地ハイファ。
そこに守られ続けてきた日本文化の発信地ティコティン日本美術館のホール。
HEAVENESEのコンサートが、初めてイスラエルの人々の前で、ベールを脱いだ記念すべき夜となったのです。
1.Code of the Samurai
日本でも必ずショーのオープニングを飾るのはこの曲です。インストロメンタルのこのナンバーの後半でボーカルがステージに登場。
2.You are Good.
60分のセットで組まれたステージ。
年齢層が高いオーディエンスだと知らさせ、ファンクナンバーではなく、お囃子から始まるこの曲にスイッチ。どうやらこの選択があたったようです。
3.Greeting
日本でもアメリカでも、そしてここイスラエルでも変わらない「どーよ」「いーよ」の掛け合い。
確かに年齢層の高いオーディエンスでしたが、人々の反応は非常によく、観客とステージにはすでに一体感が生まれていました。
4.津軽三味線 デュオ
イスラエル行きを心配した親族の方もいたそうです。それでも参加した輝&輝の二人。
カルメル山の麓に津軽三味の音色が響き渡りました。
オーディエンスは見慣れない、そして聞き慣れないジャパンスピリットにぐいぐいと引き込まれているのがわかります。
5.担ぎ置け太鼓デュオ
太鼓奏者ルーに必死にくらいついたドラムのイッキ。担ぎオケ太鼓は全くの素人。でも、渡航前に集中的に特打をして曲を覚えました。
一流の太鼓打ちじゃありません。でもルーの演奏を引き立て、デュオの魅力を伝えるには十分な基本は抑えていました。
イッキ、オケ太鼓 特訓してね。この一声で実現したイスラエルオンリーのペアです。
6.生まれる前にいた場所へ
シングルの曲。2014年のHEAVENESEの代表曲となった一曲。
この曲はあえて日 本語で歌いました。
そして日本の歴史をダイジェストでつづる映像もいつもと同じです。
長い歴史を持つイスラエルの人々には、言葉をこえて伝統を重んじ、大切にする心が伝わるはずです。
日本語の曲であるのに、人々からは惜しみない拍手が送られました。
7.Silk Road.
古代イスラエル人が、シルクロードを経て日本に辿り着いたという歴史ロマンを曲にしたHEAVENESEの代表曲。
『迫害を逃れて東へと旅を続けなければならなかった人々の苦難はどれほどたったのか・・・それは想像を絶する過酷なものだったに違いない・・・』
マレが語るストーリーは、ホロコーストを体験し、迫害を逃れ国を作ったイスラエルの人々に、どのように人々に響いたのでしょうか・・・。
真剣に聞き入るオーディエンス。曲が終わると割れんばかりの拍手が起りました。
8.Lift
Andrae Crouch produce によるHEAVENESEの代表曲。最もゴスペルテイストの強いクワイアフィーチャリングの楽曲です。
この数年の HEAVENESEライブでは必ずエンディングを飾っています。
人々の歓声と大き な拍手が会場をつつみ、すかさずアンコールを求める手拍子へと。
9. 3N1 (encore)
なりやまない拍手 に迎えられてアンコールのためにこの日用意していたのは3N1。
実はこの場所で、3N1を演奏することが、今回の旅の一つの大きな目的でもありました。
さかのぼること 数ヶ月前、イスラエルに行くことが決定した時、まず最初に思ったことは、「イスラエルに太鼓あるのかな」ということでした。
太鼓を運ぶのは費用がかかります。
アメリカならまだしも、イスラエルに太鼓があるとは夢にも思えず、今回のツアーでは3N1の演奏は無理だろうとあきらめかけていたのです。
ところが、暫くして大使館から連絡が・・・
なんと太鼓がある!というのです。しかも人数分ぴったりあるというではありませんか!
誰かが10年以上も前に寄付したものが、使われることもなく置いてあると。
そうなのです。それこそが、この場所ティコティンミュージアムだったのです。
大使館を経由して、太鼓のレンタルをお願いすると、レンタルの条件はミュージアムで演奏すること。
あとは自由に使ってくれてよいと。
かくして、この夜のコンサートは実現したのでした。
イスラエル国内に存在する唯一の太鼓たち・・・使われることもなく、まるでHEAVENESEが来ることを待っていたかのような太鼓たち。
この太鼓のおかげで、レセプションでの演奏もできたのです。
彼らがいなければ、イスラエル公演はまるで違うものになっていたことでしょう。
HEAVENESEにとって、それは愛おしい子どもたちに会いにいくような旅でもあったのです。
太鼓演奏の後はひときわ高い拍手がわきおこりました。
人々は熱狂しているようでした。
そして終演後、自分たちの先祖が、どこでどのような苦しみにあったのか、なぜ自分の家族は移住してきたのか、そんな歴史をシェアしてくれる人たちがたくさんいました。
シルクロードを演奏する前に語られたマレのトークに、共鳴した人々です。
「シルクロードは パワルフな曲だった」
わざわざ曲名を挙げて、感想を述べた人もいました。
もちろん、直接迫害の歴史を体験していない若い人たちも大勢います。
それらの人々も、みな興奮して感想を述べてるためにメンバーに近づき、CDを購入し、サインを求め写真を求めて来てます。
そこにあったのは、かつてロスやカンザス、そしてNYで熱狂的にHEAVENESEを迎えてくれた同じ笑顔でした。
HEAVENESEイスラエル公演初日は、大成功のうちに幕を下ろしました。
イスラエルでもいけるんだ!メンバーはみなそんな手応えを感じつつ帰路についたのでした。